2010-11-15

ミレー(Millet)

日曜日、夜の日曜美術館はミレーについてでした。
いろいろな芸術を解釈するのは、そんなに得意じゃないので、こんなテレビ番組は助かります。
いろいろな芸術を見る観点を教えてくれます。
そう、ミレーだってそう。
そんなに意識しなかったけど、ミレーが顔を鮮明に描いてないことに対する説明は嬉しくなりました。
僕の写真もそんな感じでしょう?
これは結果的にそうなったのですが、そこに存在価値があると思えるだけど嬉しいのです。
ミレーの絵が評価を受けるのなら、写真でも・・・と思いました。
が、次の瞬間、日本の青森で活躍された小島一郎氏の事に話が移っていきました。

Photographer :Ichiro Kojima

そうりゃあ、もうそういうことをやっている人がいるのはあたりまえですね。
それに僕の写真よりももっと濃いのです。
もっと人の存在に意義があるなと感じました。

が、自分の写真に変な自信がある僕はこうも感じました。
「ここまでドラマチックな背景でなければいけないのかな?」
とても恐れ多いですね、すいません。
小島氏の写真がどうのこうのという訳ではありません。
写真の絵の作り方のサンプルとして考えてです。
僕もハイコントラストの絵は好きです。
好んで撮るからこそ、小島氏の写真を指標として捉え、自問自答したりしてます。
僕の撮りたい写真はこんな写真 なのかな?

僕のすきな絵はEdward HopperとHammershoiです。
その淡々とした人物が好きなのです。
Edward Hopperは都会の人間関係・・・F.S.Fitzgeraldの描くGatsbyの世界を彷彿とさせるその世界感がすきなのです。
Hammershoiは人がいない又は後ろ姿の人しかいない絵が多いと思います。
だけど、なんだか人の気配が漂っていて、ほのかに暖かい感じが好きです。

アラーキー氏の「さっちん」とか梅佳代さんみたいな人を正面から撮っている写真への憧れもあります。

そして、アラーキー氏の濃厚ではない・・・劇的でないスナップショットも好きです。

ということで、まだよくわかりません。
何が本当に撮りたいのか。
今はただシャッターを押し続けるしかなにのでしょうね。

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